IMPOV::In My Point Of View

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体罰問題の偏向報道について感じる危機感

 

 

桜宮高校の体罰自殺報道で火がついた体罰問題、柔道女子日本代表の体罰告発まで噴出し一向におさまる様子が無い。

読売オンラインの昨日の記事をざっと見渡しただけで、体罰の記事が4件も発信されている。

後手に回って事態が大きくなっては大変とばかり、いたるところでカミングアウト合戦の様相を呈し、まるで雨後の筍のようだ。マスコミは、以前なら端記事にもならないこれらのリリースや告発を、節操無く嬉々として報道している。

スティック・平手で頭たたく…吹奏楽部の指導者 : 社会 : YOMIURI ONLINE

県大会準優勝の野球部監督、部員4人を平手打ち : 社会 : YOMIURI ONLINE

部員膝蹴り…網野高レスリング部顧問が体罰7件 : 社会 : YOMIURI ONLINE

どなり口調・威圧的…児童の頭たたいた小学教諭 : 社会 : YOMIURI ONLINE

 一方、連日のテレビ報道や記事における有識者のコメントの多くは「体罰全面禁止」だ。確かに「善・悪」で塗り分けるような二元論的な切り出し方は一般受けもするだろうし、今回の場合は「全面禁止」を支持するほうが視聴者受けも良いだろう。

これらの報道やマスコミにおける刹那的な扱いが、世間の「体罰」についての定義を「厳しい指導」や「特訓」まで、また「叱責」や「説教」にまでその範囲を広げ、結果的に指導者の手足を縛ってしまうのではないかという危機感を強く感じるのだ。

手段を減らしてはならない

コーチからの科学的かつ合理的な説明を受け、それを理解し自発的に厳しい練習を行って高みに到達できるのは、優れた理解力と自制心と向上心に加え、天与の才能を持ったわずか一握りの人間でしかない。

自分も含め殆どの人間は、妥協をしたことがあるし、自分で自分の限界を決め能力を伸ばすことをある時点で放棄してきたはずだ。

しかしながら、たとえ凡人であったとしても、良き指導者に出会えた者は、叱咤激励を受け、また場合によっては強制的な「シゴキ」により、またある者はカウンセリングを受け、もしくは屈辱をバネにするなど、何らかの外的な刺激を受けて「自分が設定した限界」を超え、新しい高みの地平への道を見いだした経験があるだろう。

そして、その際に経験したはずの達成感や成功体験は人生を通じての宝となったはずだ。

凡人が殻を破るために必要な外的な刺激は、その人の性格や能力によって当然違う。

だからこそ、指導者が使うことのできる手段を減らしてしまうような風潮を作ることは、指導受ける者にとっても不幸なことだと感じている。